2008年02月15日
早春,古都首里の面影を訪ねて

▲首里,儀保十字路付近にて
大変ご無沙汰しております。沖縄は今頃,紅色のカンヒザクラが咲き誇っている時期でしょうね。
さて,「KIのおきなわ旅日記」,実に1年半ぶりの更新です。今回は,4年前のちょうど桜の時期に首里の坂道を散策したときの話を少ししたいと思います。
2004年の2月中旬,ゆいレール儀保駅で下車しました。このあたりは首里赤平町。かつて首里城の城下町でした。
町の界隈は新築の家や団地が建ち並んでいます。住宅地の中を走る入り組んだ小道(スージグヮー),蔓草で覆われた石垣,そして赤瓦屋根の民家やシーサーが沖縄独特の風情を感じさせてくれます。ちょうどカンヒザクラが満開で,紅色の花が坂道の街を色濃く飾っていました。
そんな界隈で,琉球菓子を作るある小さな店に入りました。元々は先祖代々,王家御用達の宮廷料理番だったという老舗。ここのちんすこうは地元でも評判で毎日予約が沢山入ります。自分も店頭に置いてる分を少し買って,伝統菓子の風味を堪能しました。
「昔このあたりはね,士族屋敷が集まっていて,今も子孫の方々が暮していますよ」
聞けば,琉球王家だった尚氏や近世琉球の大政治家,蔡温など,琉球史にもその名を留める士族等のご子孫がこの赤平には結構ご在住とのこと。また,京言葉を彷彿させる首里独特のゆったりしたご主人の口調もまた印象的でした。
「沖縄戦の前まではね,ここは古い文化財がかなりあったらしいですけど,戦後,街の建物も一変してしまって・・・でも,古くからの人は今もここに住んでいるわけですよ。」


1945年,赤平町一帯は首里城もろとも米軍の集中砲火を受けて壊滅しました。今は宅地のところどころに建てられた碑や案内板,わずかに残された古びた石の遺構に面影を偲ぶばかりです。故司馬遼太郎は著書の中で,首里の文化遺産の多くが戦火に遭わず残っていたら京都や鎌倉などと肩を並べる古都の景観美が首里に存在しただろうと惜しんでいます。
琉球王朝ゆかりの建築物は残念ながらないけれど,菓子屋のご主人のお話に,入り組んだスージグヮーに,残された景観にかつての首里の街の雰囲気を感じたような気がしました。
かつて琉球史を彩った人々の血統は続いています。
首里の各地では伝統芸能や伝統工芸の復興,継承が行われています。
そう,形あるものは破壊されてもそこに息づく伝統や雰囲気までも破壊されるとは限らない。
南国独特の旅情を味わうとともに,人々の脳裏に刻印された歴史の重さをも実感した首里赤平町の散策でした。
かつて独自の輝きを放っていただろう南国の古都を感じながら,赤平の坂道を首里城へと向かいました。


町の界隈は新築の家や団地が建ち並んでいます。住宅地の中を走る入り組んだ小道(スージグヮー),蔓草で覆われた石垣,そして赤瓦屋根の民家やシーサーが沖縄独特の風情を感じさせてくれます。ちょうどカンヒザクラが満開で,紅色の花が坂道の街を色濃く飾っていました。

そんな界隈で,琉球菓子を作るある小さな店に入りました。元々は先祖代々,王家御用達の宮廷料理番だったという老舗。ここのちんすこうは地元でも評判で毎日予約が沢山入ります。自分も店頭に置いてる分を少し買って,伝統菓子の風味を堪能しました。
「昔このあたりはね,士族屋敷が集まっていて,今も子孫の方々が暮していますよ」
聞けば,琉球王家だった尚氏や近世琉球の大政治家,蔡温など,琉球史にもその名を留める士族等のご子孫がこの赤平には結構ご在住とのこと。また,京言葉を彷彿させる首里独特のゆったりしたご主人の口調もまた印象的でした。
「沖縄戦の前まではね,ここは古い文化財がかなりあったらしいですけど,戦後,街の建物も一変してしまって・・・でも,古くからの人は今もここに住んでいるわけですよ。」


▲首里赤平の坂道途上にある安谷川御嶽(左)と,今はレストランの敷地になっている松山御殿の庭園跡(右)
1945年,赤平町一帯は首里城もろとも米軍の集中砲火を受けて壊滅しました。今は宅地のところどころに建てられた碑や案内板,わずかに残された古びた石の遺構に面影を偲ぶばかりです。故司馬遼太郎は著書の中で,首里の文化遺産の多くが戦火に遭わず残っていたら京都や鎌倉などと肩を並べる古都の景観美が首里に存在しただろうと惜しんでいます。

琉球王朝ゆかりの建築物は残念ながらないけれど,菓子屋のご主人のお話に,入り組んだスージグヮーに,残された景観にかつての首里の街の雰囲気を感じたような気がしました。
かつて琉球史を彩った人々の血統は続いています。
首里の各地では伝統芸能や伝統工芸の復興,継承が行われています。
そう,形あるものは破壊されてもそこに息づく伝統や雰囲気までも破壊されるとは限らない。
南国独特の旅情を味わうとともに,人々の脳裏に刻印された歴史の重さをも実感した首里赤平町の散策でした。
かつて独自の輝きを放っていただろう南国の古都を感じながら,赤平の坂道を首里城へと向かいました。
(KI)


▲多くの文化財が息づく古都京都(左)と古都鎌倉(右)
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